神社・寺院・歴史 一覧

- [ 神社 | パワースポット ]
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壱岐市芦辺町国分東触464
伝統と格式を誇る式内社
古事記では伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が天照大神の次に産んだのが月読尊(
- [ 碑・像・塚・石仏群 | 歴史 ]

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大村市古町1-63
大村藩歴代藩主墓碑群。
日蓮宗本経寺の境内南側の2000坪の敷地に藩主をはじめ、正室・側室・一族家臣など全78基の墓と、石灯籠48
- [ 歴史的建造物 | 歴史 ]

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長崎市南山手町8-1 グラバー園内
旧ウォーカー邸の向い側にある旧長崎地方裁判所長官舎。
明治16(1883)年に長崎上等裁判所長、長崎地方裁判所長の官舎として、唯一、居留地以外の長崎市内に建てら
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つ 対馬藩お船江跡
- [ 歴史 ]
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対馬市厳原町久田
江戸時代、対馬藩が久田川の河口に藩船を格納するために構築した船着き場跡。満潮時には木造の大船が出入できる程
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は はらほげ地蔵
- [ 碑・像・塚・石仏群 ]
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壱岐市芦辺町諸吉本村触
お地蔵さんが海に浸かっている?
古くから海女の町、八幡の守り神として6体の地蔵が海中に祀られている。名は腹に穴が空いていることに由来する。
- [ 歴史 | 公園 ]

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壱岐市芦辺町深江鶴亀触1092-5
弥生時代の大規模環濠集落で「一支国」の王都に特定された遺跡。
魏志倭人伝に記された「一支国」の王都とされる。多重の濠がめぐる集落や東アジアで最古の船着場が発見された。園
- [ 碑・像・塚・石仏群 | 歴史 ]
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大村市今富町586-1
大村市郊外にあるキリシタンの墓碑。
大村藩主純忠とともに洗礼を受けた重臣、一瀬越智相模栄正(おちさがみえしょう)の墓碑で、戒名が刻んであります
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か 頭ヶ島天主堂
- [ 教会 ]
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南松浦郡新上五島町友住郷638
全国的にも珍しい切石積造の頭ケ島天主堂。
全国でもめずらしい石の教会堂は、明治43年に着工し、約10年の歳月を経て大正8年に落成したもの。国の重要文
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さ 最教寺
- [ 寺院 ]
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平戸市岩の上町1206
西の高野山と呼ばれる最教寺。
3万坪におよぶ境内には慶長14(1609)年建立の本堂と、平成元年に完成した真っ赤な三重塔がある。奥の院に
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し 椎根の石屋根
- [ 歴史的建造物 ]
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対馬市厳原町椎根
石屋根の家は日本では対馬だけで、対馬でもこの椎根(しいね)や上槻(こうつき)、久根浜(くねはま)、久根田舎
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こ 晧台寺
- [ 寺院 | 初詣スポット ]

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長崎市寺町1-1
正式には海雲山普昭晧台禅寺という。
江戸初期に建立された曹洞宗の寺で、修行僧がいる専門道場でもある。長崎市内外に末寺が14ヶ寺ある。毎週土曜の
- [ 歴史的建造物 | 歴史 ]
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平戸市大久保町2477
日本初の洋風建築の石造倉庫を復元。
慶長14(1609)年にオランダ船が入港して以来、およそ33年にわたってオランダ貿易の拠点として栄えた場所
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し 島原復興アリーナ
- [ 碑・像・塚・石仏群 | アウトドア ]
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島原市平成町2-1
長崎県下最大のフロアスペース(62m×43m)を持つ多目的複合施設。
多彩なイベントに対応する多目的複合施設の島原復興アリーナ。敷地内には平成22年のサッカーワールドカップの際
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ひ 平戸城

- [ 城 | 歴史 ]

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平戸市岩の上町1458
宝永元年(1704年)に日本唯一の山鹿流兵法によって築城された。
現在の天守閣は昭和37年(1962年)に復元され、天守閣内部には3世紀ごろの「環頭の太刀(かんとうのたち)
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ほ 方倉神社
- [ 神社 ]
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平戸市生月町壱部2739
生月の方では「方倉さん」と呼ばれている方倉神社。
古くから生月の守り神として信仰されてきた神社。水天宮ともいいその昔九十九匹の河童が住み着いたと言う伝説があ
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い 壱岐文化村
- [ 歴史 | 博物館・資料館 ]
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壱岐市郷ノ浦町片原触410
江戸時代からの民具を集めた民芸美術館。
民芸美術品や失われてしまった暮らしの中の道具など、壱岐の昔の暮らしを実感できる。隣接して湯川温泉・壱州本陣
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か カステラ神社
- [ 神社 ]
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長崎市南山手町1-18 ANAクラウンプラザホテル 長崎グラバーヒル 3F
長崎の名物カステラを祀ってある神社?
グラバー園に向かう手前にある神社。カステラの姿をしたカステラ様を神体にすえている。カステラ様の表情は何とも
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き 旧島原藩薬園跡
- [ 歴史 ]
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島原市小山町4703
日本三大薬園の一つ。
1846(弘化3)年、藩臣飯島義角を薬園主任として、雲仙岳眉山のふもとに薬園を開墾。現在薬草見本園として、
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し 清水山城跡
- [ 城 | 歴史 ]
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対馬市厳原町西里
厳原の西に位置する清水山の頂上から、断続的におよそ500mにわたって石塁が残る。一の丸・二の丸・三の丸の石
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げ 原爆落下中心地
- [ 歴史 ]
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長崎市松山町
昭和43年(1968)に建立された黒御影石の碑が立てられている。
昭和20(1945)年8月9日、午前11時2分、B29が落とした原子爆弾は浦上の上空およそ500mで炸裂。
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と 豊砲台跡
- [ 歴史 ]
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対馬市上対馬町鰐浦
1934(昭和9)年に旧陸軍がつくった砲台で当時、世界最大級の巨砲。一度も使われたことがなく「まぼろしの砲
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ふ 福済寺
- [ 寺院 ]
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長崎市筑後町2-56
坂本龍馬と逗留したと勝海舟の日記に記された寺。
原爆と戦争の犠牲者のためにつくられた地上35mほどの巨大な観音像(万国霊廟長崎観音といい、昭和54年(19
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し 春徳寺
- [ 寺院 ]
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長崎市夫婦川町11-1
長崎初の教会トードス・オス・サントス教会が建てられた跡地に建つ寺院。
長崎で最初にできたトードス・オス・サントス教会の跡で、現在もキリシタン(切利支丹)井戸が残っています。山門
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さ 崎方公園
- [ 碑・像・塚・石仏群 | 公園 | 展望台 | 桜 | 花 ]
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平戸市大久保町遠見2529
平戸の中心街の街並みが一望でき、桜と平戸つつじの名所。
桜と平戸ツツジの名所としても有名な公園。平戸港が一望できる展望デッキがあり、夜はライトアップされる。フラン
- [ 歴史 | 博物館・資料館 ]
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南島原市南有馬町丙393-1
彫塑家北村西望の功績を記念して作られた芸術公園。
長崎の平和祈念像をつくった彫刻家、北村西望の生家。園内や生家を復元した木造の記念館には、「平和祈念像」をは
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は 原山支石墓群
- [ 碑・像・塚・石仏群 ]
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南島原市北有馬町原山
「原山ドルメン」ともいわれ、日本最大級の支石墓群。
縄文時代晩期の共同墓地で、日本最大級の支石墓群で1972年(昭和47年)11月6日国の史跡に指定。支石墓は
- [ 歴史的建造物 | 歴史街道 ]
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長崎市南山手町4-33
国の重要伝統的建造物群保存地区に設置されている資料センター。
英国人ウィルソン・ウオーカーが建てた質の高い住宅で、1階・2階とも正面に中央部が突出したベランダを設け、ベ
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は 畑ノ原窯跡
- [ 歴史 ]
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東彼杵郡波佐見町村木郷1343
慶長年間(1596~1614)に李朝の陶工によって築窯されたと伝えられる窯跡。
慶長年間(1596~1615年)の築窯と推定されるもので、国の史跡。波佐見町最古の窯跡の一つとされる。発掘
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も 桃渓橋
- [ 歴史的建造物 | 橋 ]
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長崎市出来大工町
昭和60年に復元された桃渓橋。
住民の困惑を見かねた僧卜意が延宝7(1679)年に架設させたもので、架橋当時、河畔に桃の木があったことから
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さ 坂本国際墓地
- [ 碑・像・塚・石仏群 | 歴史 ]
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長崎市坂本1
明治21年に設けられた外人向け墓地。トーマス・グラバー夫妻、永井隆博士夫妻などの墓がある。
山王通りから山手に入った場所にある外人向け墓地。南側の入り口付近には、原爆で被爆しながらも医療活動を続けら




