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小田原城址公園(小田原城) おだわらじょうしこうえん

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小田原観光のメッカ 小田原城址公園
基本情報
小田原城址公園(小田原城)

復興された天守閣を中心に歴史見聞館や遊園地が点在し市民の憩いの場となっている。ソメイヨシノが約350本咲き誇る桜まつりの時期は、大勢の観光客でにぎわう

住所小田原市城内6番1号
桜見ごろ3月下旬~4月上旬
アクセス
公共交通
JR・小田急小田原駅から徒歩約10分
最寄駅 >  小田原駅(小田急電鉄)~907m
アクセス 車小田原厚木道路荻窪ICから車で10分
最寄IC > 早川IC(西湘バイパス)~4.956km  箱根ターンパイクJCT(西湘バイパス) 
公開サイトodawaracastle.com
小田原城址公園(小田原城) URL
問い合わせ小田原市経済部観光課
TEL0465-33-1521
小田原城址公園(小田原城) 2
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イルミネーション 小田原城址公園(小田原城)
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レポート

2017年4月13日(木)小田原城址公園(小田原城)へお花見に行ってきました。

学橋途中からの風景。枝垂れ桜もとても綺麗!小田原城がポツンと・・・

お堀沿いを南側に移動。赤い学橋と桜がマッチしています。

南側から2つの橋を眺めてみた風景。同門土塀模型。

満開の桜と小田原城。

角度を変えて見た小田原城

城内にある報徳二宮神社。

ライトアップされた小田原城

2015年4月3日(金)小田原城址公園(小田原城)へ行ってきました。

北条氏の本拠地として有名で、関東支配の中心拠点として日本最大の中世城郭に発展。3代当主北条氏康の時代には難攻不落、無敵のお城といわれ、上杉謙信や武田信玄の攻撃に耐えたそうです。

小田原城は明治3年に廃城となり、ほとんどの建物は解体され、残っていた石垣も大正12年(1923)の関東大震災によりことごとく崩れ落ちてしまいました。現在の小田原城跡は、本丸を中心に「城址公園」として整備され、昭和35年(1960)に天守閣が復興、昭和46年(1971)には常盤木門、平成9年(1997)には銅門、平成21年(2009)には馬出門が復元されました。

学橋を渡り二の丸方向に向かいます。正面入口方向「お堀端通り」歩道の様子。二の丸東堀では、鯉や鴨などにパンの耳を与えていました。

学橋と二の丸隅櫓。学橋より「めがね橋」方向を望む。明治天皇小田原行在所址。隅櫓付近からお堀と桜を望む。

平成9年に復元された銅門(あかがねもん)。大扉などに使われた飾り金具に、銅が用いられたことからその名が付いたそうです。

天然記念物 ・小田原城跡のビャクシン。本丸広場へは、常盤木橋方向へ進んで行きます。常盤木門手前から登ってきた階段を振り返った様子。

小田原城の城門の中でも大きく堅固に造られていた常盤木門。昭和46年(1971)3月に再建。

桜が満開となった本丸広場。園内にニホンザルが飼育されています。以前はインドゾウのウメ子が飼われていましたが、今はいません。本丸広場から見た天守閣。

元禄16年(1703)の大地震の際に、建物が倒壊・焼失してしまいますが、天守閣は宝永3年(1706)に再建され、明治3年(1870)に廃城となりました。現在の天守閣は、昭和35年(1960)5月に、復興したものです。

小田原城天守閣に向かいます。小田原城歴史見聞館の入館とセットで入館料一般600円(単独は400円)でした。入館チケット。館内は写真撮影禁止でした。天守閣からの丹沢方向の展望。

天守閣からの展望。箱根方向、真鶴・伊豆半島、本丸広場、三浦半島方向。

小田原城歴史見聞館。小田原北条氏の歴史を、小田原合戦ミニシアター、模型、音声などで分かりやすく説明。小田原北条氏が代々家印として使用してきた虎の朱印。

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