神社・寺院・歴史 一覧
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神社・寺院・歴史
- [ 碑・像・塚・石仏群 ]
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五島市奈留町浦1246-2
奈留高校の校庭に、シンガーソングライターのユーミンこと荒井(現姓・松任谷)由実の『瞳を閉じて』が刻まれたユ
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ば 万松院
- [ 寺院 ]
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対馬市厳原町西里192
初代対馬藩主・宗義智の菩提寺。
日本三大墓地の一つに数えられる対馬島主宗家の墓所がある寺院。宗氏第二十代義成が、父義智の冥福を祈って建立し
- [ 教会 ]
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平戸市鏡川町269
平戸市街地にある平戸を代表する教会。
昭和6(1931)年に創建された教会。建築当時は「カトリック平戸教会」、のちに現在の名称に改めた。教会の前
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ま 満明寺
- [ 寺院 ]
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雲仙市小浜町雲仙321
大宝元年(701年)、僧・行基がこの地で温泉山を開山伝わる古い寺。
大宝元(701)年に聖僧行基によって開山したと伝わる真言宗の寺。釈迦堂の中には、5mの純金箔の雲仙大仏が鎮
- [ 碑・像・塚・石仏群 ]
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大村市森園町1484
日本文化に貢献した天正遣欧少年使節顕彰の像
キリシタン大名の大村純忠、大友宗麟、有馬晴信が1582(天正10)年にローマ法王のもとへ派遣した少年使節団
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と 豊砲台跡
- [ 歴史 ]
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対馬市上対馬町鰐浦
1934(昭和9)年に旧陸軍がつくった砲台で当時、世界最大級の巨砲。一度も使われたことがなく「まぼろしの砲
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ひ 東山手甲十三番館
- [ 歴史的建造物 | 歴史 ]
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長崎市東山手町3-1
明治中期に外国人居留地に建築された木造2階建て洋館。
活水女子大学そばのオランダ坂沿いの洋館。明治27(1894)年ころに建てられた賃貸住宅で、イギリス人、アメ
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ふ 福済寺
- [ 寺院 ]
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長崎市筑後町2-56
坂本龍馬と逗留したと勝海舟の日記に記された寺。
原爆と戦争の犠牲者のためにつくられた地上35mほどの巨大な観音像(万国霊廟長崎観音といい、昭和54年(19
- [ 歴史的建造物 | 歴史 ]
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南島原市深江町戊2133-1
建設省利用活用構想災害メモリアルゾーンの基幹施設としての防災砂防学習施設。
平成3年の雲仙普賢岳の大火砕流によって全焼した小学校を、保存して公開している。国土交通省所管の大野木場砂防
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く 黒崎砲台跡
- [ 歴史 ]
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壱岐市郷ノ浦町新田触826-1
昭和3年から6年までの年月をかけて完成した、口径約40cmのカノン砲二門の砲台跡。第一次大戦後、山をくりぬ
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さ 斎藤茂吉歌碑
- [ 碑・像・塚・石仏群 | 歴史 ]
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雲仙市小浜町北本町
歌碑が夕陽の広場公園の入り口に立つ。
歌人・斎藤茂吉が長崎医専教授時代にここを訪れた際に詠んだ歌の歌碑が「夕日の広場」に建てられている。
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し 聖福寺
- [ 寺院 | 歴史 ]
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長崎市玉園町3-77
「長崎四福寺」とよばれる黄檗宗の由緒あるお寺。
聖福寺は延宝5年(1677)、京都宇治の黄檗山万福寺の末寺として鉄心禅師が創建した黄檗宗の唐寺。興福寺、崇
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は 原城跡
- [ 歴史 | 城 ]
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南島原市南有馬町大江
天草四郎最後の舞台「原城跡」
別名「日暮城」。原城は島原城の築城によって廃城したものの、その当時起こった島原の乱で天草四郎が率いた一揆軍
- [ 歴史的建造物 | 歴史 ]
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平戸市大久保町2477
日本初の洋風建築の石造倉庫を復元。
慶長14(1609)年にオランダ船が入港して以来、およそ33年にわたってオランダ貿易の拠点として栄えた場所
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り 龍馬のぶーつ像
- [ 碑・像・塚・石仏群 | 歴史 ]
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長崎市伊良林2
ぶーつをはき、舵輪に手をかけ、龍馬の気分を満喫!
平成7年10月28日に亀山社中創立130周年を記念して、市民グループ「亀山社中ば活かす会」の呼びかけにより