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小野神社(多摩市) おのじんじゃ

2017年9月10日(日)小野神社へ。
例大祭(平成29年 9月9日・10日)があったので立ち寄ってきました。
大鳥居。隋神門。現在の随神門が造営された際に移築された南門
  • 大鳥居
  • 隋神門
  • 南門
手水舎。
拝殿。本殿。
  • 手水舎
  • 拝殿
  • 本殿
  • 本殿
朱色の拝殿が印象的。拝殿に掛かる扁額
九月第二日曜日には例大祭が行われます。御太鼓、山車を引いたり、宮神輿がでたりします。
  • 拝殿
  • 扁額
  • 山車
  • 宮神輿
御由緒

当社は安寧天皇一八年二月初末の日御鎮座と伝えられ武蔵国開拓の祖神である天下春命(あめのしたはるのみこと)を主神として御奉祀申し上げて居る由緒ある神社である。御社名は上代此地の呼び名であった小野の郷に由来するものであるが其の霊験の灼かなる神社としてやがて朝廷の上聞にも達せられ数々の奉幣にも預かり元慶八年七月には正五位上の神階を授けられた。又、廷喜式が撰せられた折には武蔵国八座の一社として登載された。且つ国府の近在なることに由いて国司や住民の崇敬も殊の他篤く総社六所宮創建の砌には東殿第一次の席を与えられて一之宮と称された。然して当社の社伝には永承六年源頼義陸奥守に任せられて下向の途次其子義家と共に参籠され太刀一振りと詠歌一首奉納の事績が繙かれ吾妻鏡にも養和元年四月一宮は吉富井蓮光寺と併記され更に建久四年八月の刻印ある経筒の銘に一宮別当松連寺が記録されている。稍時代も下り安居院の神道集並に深大寺の僧長弁の私案抄を尋ねると当社は中世以来文珠菩薩を本地となした信仰も行われていた。斯くなる所此の近在は鎌倉末より戦国時代にかけて度々の戦乱や多摩川の氾濫があり当社にも多大の被災が及び衰微したが徳川二代将軍により造営再興された。其の棟札に曰く

一宮正一位小野神社造営再興
慶長十四年十二月廿六日
当将軍源朝臣秀忠

神主 新田大炊介守忠
太田太郎左衛門久忠

 以下、慶安元年御朱印壱拾五石を給わる。文政となり新四国八十八ヶ所の四十八番札所となり巡拝者も多く有りて維新に至る。明治元年神仏分離令により文珠菩薩を眞明寺に御移する。 同六年十二月郷社に列せられ同二十一年内務省より古社保存として一金百円也下附さる。同四十三年旧一之宮村有地弐拾町七反余当社資金に充つる為奉納さる。大正一五年三月三十日近隣の失火により御神体及び一部の神宝と鳥居を除き神殿等悉く類焼す。 昭和二年御本殿、拝殿の再建成り社務所を附す。同三五年大国魂神社五月五日の大祭に就き当社神輿の渡御は古式の変更また道路事情等にて而今中止となる。同三九年旧氏子により社務所を新築奉納され随身像御修復の計画に始まって随身門の再建成り且つ御本殿、拝殿を後方期の風致林に御遷座して境内を拡大。同四九年春末社の再建成り更に秋の例大祭を期して随身を同門内に御安置申し上げ依って記念の大祭を執行。茲に是を記念して此の碑文を誌す。
 昭和四九年九月吉日

武蔵一之宮小野神社宮司
滝瀬孝(頒布の資料より)