神社・寺院・歴史 一覧
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御所・二条城・東寺 -京都市中京区-
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に 二条城
- [ 城 | 庭園 | 桜 ]
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京都市中京区二条通堀川西入二条城町541
徳川家康が上洛時の宿舎として築城。
徳川幕府における京都の拠点となった二条城は、徳川家康が慶長8年(1603年)に京の宿館として建設した平城。
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と 土佐藩邸跡
- [ 碑・像・塚・石仏群 | 歴史 ]
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京都市中京区木屋町通蛸薬師西南角
江戸時代初期から明治4(1871)年まで、土佐藩主山内家の藩邸があったところ。
藩邸は、土佐藩の活躍の京都における根拠地だった。坂本龍馬(1836~67)が脱藩罪を赦された時、ここで数日
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お 近江屋跡
- [ 碑・像・塚・石仏群 | 歴史 ]
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京都市中京区河原町通四条上ル
「坂本龍馬・中岡慎太郎遭難地」の石碑が立つ。
幕末の慶応3(1867)年、坂本龍馬・中岡慎太郎が刺客に襲われた醤油屋近江屋の跡。
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た 武信稲荷神社
- [ 神社 | 稲荷 | パワースポット ]
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京都市中京区三条通神泉苑町西入下ル今新在家西町38
平安時代の初期、清和天皇貞観元年(859)2月、西三条大臣と言われた右大臣左近衛大将藤原良相公によって創祀
- [ 歴史 | 博物館・資料館 ]
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京都市中京区東片町623-1
国の重要文化財に指定された旧日本銀行京都支店
京都文化博物館は、日本のふるさと・京都の歴史と文化をわかりやすく紹介する総合的な文化施設として、昭和63年
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ち 長仙院
- [ 寺院 ]
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京都市中京区裏寺町通六角下ル松ヶ枝町471
安倍晴明像が安置されている浄土宗西山深草派の寺院。
誓願寺の塔頭の一つで、本堂の本尊阿弥陀如来像はもと東山松原にあった清円寺から譲り受けたものといわれる。拝観
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し 新徳寺
- [ 寺院 ]
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京都市中京区壬生賀陽御所町48
文久3(1863)年に清河八郎が、山岡鉄太郎、芹沢鴨、近藤勇(新選組の母体・浪士隊)を率いて入洛した際に本
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す 朱雀門跡
- [ 歴史 ]
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京都市中京区千本通押小路上ル東
平安京大内裏の南中央にあった、宮城(大内裏)の12の門の中でも象徴する宮門の跡地。門は七間五戸の重層、入母
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な 中京郵便局
- [ 歴史的建造物 ]
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京都市中京区三条通東洞院東入ル菱屋町30
京都市登録有形文化財に指定されている、明治35(1902)年建造の近代建築。改築の際、外壁だけを残して内部
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み 壬生寺
- [ 寺院 | 初詣スポット ]
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京都市中京区坊城通仏光寺上ル壬生梛ノ宮町31
園城寺(三井寺)の僧快賢が、991年(正暦2年)に自身の母のために建立したと伝わる。中世に寺を再興した円覚
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ほ 本能寺
- [ 寺院 ]
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京都市中京区寺町通御池下ル
織田信長が明智光秀に討たれた「本能寺の変」で知られる。
本応寺という寺号で、室町時代の1415年(応永22年)京都油小路高辻と五条坊門の間に、日隆によって創建され
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せ 誠心院
- [ 寺院 ]
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京都市中京区新京極六角下ル中筋町487
初代住職は平安の女流歌人・和泉式部で、別名和泉式部寺とも呼ばれる寺院。境内に和泉式部供養塔(高さ4m)や、
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に 錦天満宮
- [ 神社 | 名水 ]
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京都市中京区新京極四条上ル中之町537
長保年間(999~1004年)歓喜寺の鎮守として創建され、天満天神(菅原道真)を祀る。錦市場の東端にあり、
- [ 寺院 ]
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京都市中京区六角通東洞院西入堂之前町
聖徳太子の建立と伝わる古寺。
正式名は紫雲山頂法寺。本堂の形から六角堂と呼ばれる。仏前への供花がのちに池坊代々の執行によって華道へと発展
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せ 誓願寺
- [ 寺院 ]
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京都市中京区新京極通三条下ル桜之町453
浄土宗西山深草派の総本山。
天智天皇6年(667年)天智天皇が奈良に創建したと伝わる寺。本尊は阿弥陀如来、依拠の経典は浄土三部経。説教
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み 御金神社
- [ 神社 ]
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京都市中京区西洞院通御池上ル押西洞院町618
金色の鳥居など黄金色に飾られた神社。
「金山彦命」(かなやまひこのみこと)を主祭神とする。本来は金属を扱う人々が参詣する神社だったが、近年は「お
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ぎ 行願寺革堂
- [ 寺院 ]
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京都市中京区寺町通竹屋町上ル行願寺門前町17
革堂(こうどう)の名で親しまれる1000年の歴史を持つ寺。
寛弘元年(1004年)、行円が一条小川の一条北辺堂跡に創建。豊臣秀吉による都市計画のため、天正18年(15
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う 裏寺町の町並み
- [ 道・通り・街 | 歴史 ]
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京都市中京区裏寺町通蛸薬師~裏寺町通四条
河原町通と新京極に挟まれた、細長い南北の通り。道を挟んで寺院が並び、庶民的な飲食店が点在。